About Book
およそ九年振りに作品制作を再開した写真家ヨシダミナコの初作品集──。
「あなたにとって写真とは?」このよくある問いに込められた真相が何であれ、
「手紙です」と簡潔な答えをヨシダミナコは持ち合わせている。
誰もが想いが届くようにとペンを持ち頭を悩ませるように彼女はカメラを持ち素敵な手紙を綴ろうとする。
写真集では一貫して大きくフレーミングされた空の下、教会の佇まいが柔らかく綴られている。
それは実際に教会の中に入り捧げる祈りとは違うように見え、教会の上空遠くへと交信を試みる役割を担っているアンテナのように見える。
今回、彼女が綴った手紙の宛先はどうやら一筋縄ではいかない相手のようだ。
極めて個人的な生活・事象にフォーカスし表現されて来た文脈のある私写真。
ならば、手紙という私性を風景によって昇華させたこの写真集は、私写真のニュースタンダードになり得るのかも知れない。
Artist Statement
これは父を撮影した作品です。
15年前、父が病と闘う中で、わたしは父の死と向き合うことが出来ず、父に寄り添った母の姿を撮っていました。けれど、母の写真が残ったことにより、父を撮れなかったということが、また父と向き合えなかったということが、大きな後悔として自分の中に残りました。
父と向き合えなかったのには理由があります。
家の中での父は、いつも怖い存在でした。常に何かにイライラとしていて、理不尽に怒鳴り散らし、母はそんな父親から子供達を遠ざけ、子供達もまた父親というものを避けてきました。
ただひとつだけ、わたしには父とのささやかな思い出があります。
幼い頃、わたしは父に連れられて日曜日のミサへよく出かけていました。キリスト教徒ではなかった父が、何故わたしだけを連れて礼拝に通っていたのか、その理由を聞いたことはありません。
父が亡くなってから、外国へ行く度に教会を訪れるようになったのも、そうした体験からなのだと思います。
2014年、アイスランドを旅した時に、圧倒的な自然の中にぽつねんと建つ教会の姿を見て、その風景がわたしの中の父親像と重なっていくのを感じました。
アイスランドの旅から戻って、研究者の方とコンタクトを取っていく中で、これまでの外国で見てきた多くの教会は人々が集まる街の中心地に建っているのに対し、どうしてアイスランドの教会はぽつねんとした風景の中に建っているのか、その理由がわかりました。それはアイスランドの定住方法自体が散居だったことが大きく関係しているということです。そして、ぽつねんと建っているように見えたアイスランドの教会も、実は人々のコミュニティーの要として存在しているということでした。
そのことから、わたしはアイスランドの教会が自分の父親像と何故結び付いていったのかがはっきりとしたように思えました。
わたしは父と向き合えなかったことから、ずっと父親というものから孤立していると思ってきましたが、アイスランドの教会を訪れたことにより、家族の要としての父が存在していたことを強く感じることが出来たからです。
そして、アイスランドの教会を撮影するために、再びこの国を訪れました。
幾つもの教会を撮影していく中で、わたしはやっと父と向き合う時間を得ることが出来たのだと思います。
*「Samskeyti」…アイスランド語で「合流点」、「接合点」、「つなぎ目」を意味する。
Artist Information
ヨシダミナコ | Minako Yoshida || オフィシャルサイト ||
1981年 兵庫県神戸市生まれ
2002年 日本写真映像専門学校 卒業
2002年 第25回キャノン写真新世紀 優秀賞 マルク・リブー選
2005年 富士フォトサロン新人賞2005 奨励賞
2002年 The Third Gallery Aya(大阪)での初個展以降、2007年までコンスタントに作品を制作発表。
2016年 約九年振りに作品制作を再開。 |